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2005.10.30 

あさりよしとお「るくるく」5巻


「でも喜ばないだろ。あんなに嫌がってたんだから」
「わかるの。悪魔は人間の本音の側にいるから」(P121より)


あさりよしとおもデビューから25年め。月刊少年キャプテン(廃刊)創刊時からのファンとしては、なかなか感慨深いものがあります。「るくるく」は前作ワッハマンが傑作過ぎたので最初はあまりピンときませんでしたが、段々面白くなってきました。
父子家庭の中学生、鈴木六文の家に突然やってきた悪魔、瑠玖羽(るくは)とブブ。「これ以上地獄に人間が入りきらないので、悪人を現世で更正させる」とるくたちは語るが・・・。
井戸水、鉱石ラジオ、カメラ等、昭和を感じさせる懐かしいアイテムの再評価に加えて、某一神教の矛盾点を突いていくという志高い内容。もともと悪魔という概念は、宗教にとって都合の悪いものや敵を迫害する際、罪悪感から逃れる為の方便だったわけで、土着の神を全て悪魔に貶めて侵略していったキリスト軍団の暴虐ぶりを、作中の天使軍団が体現しています。(唯一神がGODでなくYHVHなのでユダヤ教?)異なる価値観を理解(許容)し得ない事から始まるのは果てしない戦いですね。
描いている舞台はまぎれもなく現代の日本ですが、六文の住む街は何やら懐かしさの漂う不思議な街。眺めのいい川縁に活気のある商店街。最近見かけない光景です。私の近所は田舎ですが、深夜まで営業している巨大ディスカウントストアとコンビニに駆逐されて商店街も小売店も残っていません。あさりさんは心の理想郷として「るくるく」の舞台を描いてる感じがします。
今回の悪魔の所業はカルト教団をぶっつぶし、雪合戦を行い、潰された家を再建して、テキヤの息子の思い出づくり。大活躍です。大天使ヨフィエルが天に帰り、また一人ぼっちになってしまったルミエルが奮闘していてけなげ。
作中いろいろと複線が張られていますが、ラストはどうなるんでしょう。『地獄が溢れると死人が地上を徘徊する』の下りは映画「ゾンビ」の一説ですが、六文とるくのいわくありげな関係も気になります。
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