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2007.09.02 

A.A.ミルン「クマのプーさん」「プー横丁にたった家」


「きみは、ちっとも勇気がないんだな。」
「でも、とっても小さい動物になってみたまえ。」コブタは、かるく鼻をすすりながら、いいました。「いさましくなろうったって、むずかしいから。」
(「クマのプーさん」P143より)


詩人で劇作家のA.A.ミルンが息子の遊んでいるぬいぐるみをモチーフに描いた童話集。1926年にイギリスで出版され大きな話題を呼んだ。
ある日、小さな息子クリストファー・ロビンにせがまれて作家のミルンは、クリストファー大のお気に入りのテディ・ベア「プーのウィニー」を主人公にしたおとぎ話を話し始める。"むかしむかし、ある森の中に一匹のクマが住んでいました・・・"
甥がプーさんを大好きなのでディズニーの絵本をよく読んでやるのですが、読んでいると時折プーさんに出てくるどうぶつ達はどうもぬいぐるみらしい・・・そう思わせる描写が頻繁に出てくることに気が付きました。よく見るとみんな体に縫い目があるし。もしそこがぬいぐるみの世界だとして、一人だけ人間の子供であるクリストファー・ロビンはどうしてそこにいるのか?家族は?もしかしてクリストファー自体が人間のぬいぐるみなのか?この世界の成り立ちは?いろいろ疑問が湧いて来たので少し調べてみると、行き着いたのがこの原作本2冊でした。今から80年ほど前に書かれたイギリスの童話だったんですね。自分にとっては「プーさん」がディズニー生まれじゃないというだけで結構驚きです。Wikiによるとプーさんはディズニーキャラクターの中でも超人気キャラなので、作品の権利関係は過去にすったもんだあったようですね。
で、その中身はというと非常に面白い。読ませます。単純に絵本から対象年齢が上がったので文章に深みが増したことに加えて、丁寧に語られる世界の描写とその美しさが素晴らしいです。子供の遊んでいるぬいぐるみの物語を親が想像し、語って聞かせてやる豊かさ、そして子供の中の曖昧なファンタジーと現実とをハッキリ線を引くのではなく、優しく寄り添いながら付き合ってあげる暖かさを感じます。子供が望むおとぎ話を父親が作るというのがなかなかにロマンチック。「クマのプーさん」は眠れずに2階の部屋から降りてきた息子に読み聞かせる物語として描かれていますが、「プー横丁にたった家」では新たな登場人物、新たな物語を語りつつも、成長したクリストファー・ロビンのプーさんとのお別れが描かれます。そのちょっぴり切ないラストに涙腺が緩むのです。泣けちゃうんです。この辺はいい年した大人じゃないと泣けないのがまた面白いところ。クリストファーの成長と共に物語は終わるけども、プーさんたちはクリストファーの心の奥に大事な思い出として仕舞われるのでしょう。大きくなった子供の心がファンタジーに埋没することを由としない原作者ミルンの親としての信念は、「プー横丁にたった家」のまえがきなどに表れています。よく言われる「子供にしか見えないもの」というのは多分そういう事なんじゃないかと思います。
また、ディズニー版との違いを比べてみるのも一興。ディズニー版プーさんでは添え物っぽいクリストファー・ロビンですが、原作では頼りになる森の代表者のような存在として描かれています。何たってもともとクリストファー・ロビンの為の物語ですしね。一方ディズニー版の絵本には表紙にクリストファーはいませんし、プーさん他どうぶつたちの可愛さが前面に押し出されているのが分かります。まぁキャラクタービジネスと童話の違いということでしょうか。作中のプーさんの言葉を借りるならば「もう、いやんなっちゃう!」という感じです。
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投稿時間 23:50 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
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