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2013.11.14 

R・D・ウィングフィールド「夜のフロスト」上・下巻


「おれは目下、手いっぱいなんだよ。子供は行方不明になったままだし、娼婦は殺されるし。つまりピルトダウン人と泥遊びしてる暇はないってことさ。無理を言うつもりはないけど、先生は今、おれの煙草を吸ってるんだってことを重々念頭に置いたうえで、警察医としての率直な意見を聞かせてほしい。」(上巻165Pより)

6月にもう出てたみたい。お待ちかねのフロスト警部5作目。次が最終巻。前作よりさらにお値段上がって上・下巻合わせて税込み2,730円。今回は言わせてもらう。マジ値段高い。高過ぎ。ハードカバーじゃないんだから。そして今から読む。

過去記事:R・D・ウィングフィールド「フロスト気質(かたぎ)」上・下巻


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投稿時間 21:29 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
2011.11.08 

麻生俊平「ザンヤルマの剣士」全9巻


「――――自分は、主人を渡り歩く人間を好まない。お前も自分の人生の主人になれ」
(ザンヤルマの剣士7「モノクロームの残影」P297より)


富士見ファンタジア文庫の歴史に燦然と輝く伝記ライトノベル。古代文明イェマドの強大な遺産"ザンヤルマの剣"を継承した青年矢神遼と他の遺産継承者たちとの闘いを描く。刊行期間は1992~1997年。ドラゴンマガジンに掲載された読み切り短編(長編シリーズ化以前のものは設定が異なる)を集めた外伝も一冊発売されている。
矢神遼は臆病で人付き合いが苦手な高校二年生。近々いとこの女の子が同じマンションに引っ越して来ると知らされ、毎日が憂鬱で仕方がない。ある日、学校帰りに行きつけのアンティークショップに寄った遼は、そこで奇妙な紳士と出会う。骨董屋らしきその男は遼に奇妙な形の短剣を手渡す。剣を手にしたその日から遼の周囲で人が殺され始め、しかも被害者は遼に不快な思いをさせた人間ばかりだった・・・。
ザンヤルマはドラゴンマガジンで連載されていた読み切り短編からのファン。これに出会った頃はライトノベルのアニメ脚本化やハーレム作品の流行、減り続ける単行本のページ数など色々な意味での薄さに閉口していた頃で、久々に本気で読める伝奇ジュブナイルの登場に感激したものです。毎回異なる人のエゴ、トラウマをテーマとして扱い、心の弱さを刃にして襲いかかる遺産継承者に対し、時には敵の主張に共感すらしながらもひたすら説得を試みる主人公矢神遼の、ともすれば愚かしい姿は思春期の自分のハートを激しく揺さぶりました。弱いのに曲がらない、弱いからこそ屈しない、それは新しいヒーロー像でした。ページ数はシリーズが進む毎に頼もしさを増していき、最終巻はオーバー500P。中身も濃厚なまま完結を迎えファンタジア文庫屈指の名作シリーズになりました。進化した文明は全てのものを個人化していき、自分以外には誰も使えないアイテムに囲まれて孤立していく・・・危険が無いので群れる必要も無い、無限に生きられるから子孫を残す必要も無い、そんなディストピア世界イェマドの設定は文明発展への警鐘を鳴らした往年のSF小説を思わせる深さがあります。
ザンヤルマの剣の本来の使用意図などはエヴァンゲリオンの人類保管計画を連想したりもしますが、クライマックスで内面世界に突入しそのまま出て来ることがなかったあちらよりも、テーマを完遂させており前向きな読後感を残すこちらの方が物語として完成されていると思います。単にこれは自分が自己犠牲的エンドが好きなだけかも。ラスト、過去に戦った遺産継承者たちが遼のことを少し想う描写はグッと来ます。
今改めて読み返してみると遼が恵まれているのはザンヤルマの剣を持っていることでも万理絵に愛されていることでもなく、神田川が友達にいるという事に尽きる気がします。自分と正反対の友人がいるって素晴らしいことですね。
投稿時間 14:42 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
2009.02.21 

ろくごまるに「封仙娘娘追宝録11 天を決する大団円(下)」


あんなにも私を殺したがっているのなら、あれに殺されてあげるのも悪くないんじゃないのか?そう、まったく思わないわけでもなかった。(P135より)

待ちに待った筈なのに、いざ現物を手にすると余りにも時間が短かった気がする。14年。人間の赤ん坊なら中学生になってるし、猫だと5、6世代目ぐらいか。考えてみたら外伝も合わせると全部で16冊も出ているわけで、これは一年一冊以上のペースで出ている計算にならないこともない。だから夏など誰一人待たなかったし、夏など来なかった。むしろ気づいたらいつでも夏だったのです。つまり何一つ問題なく封仙娘娘追宝録は出版され続け、大人気のうちに先日めでたくシリーズ完結のはこびになったと。そういうわけで、これにて一件落着。
様々な艱難辛苦を乗り越え、遂に和穂は全ての欠陥宝貝を集めて仙人に戻ることができた。しかしそこには龍華や殷雷、護玄らの懐かしい顔は一つも無く、和穂を待っている人達は誰もいなかった。そして仙界では仙人の頂点たる五仙の一人、有巣が逃れ得ぬ罠を仕掛けて和穂を待ち受ける。導果先生が重い腰を上げ物語を大団円へと導き始めれば、夜主と龍華の秘密が白日の下に晒され、塁摩の猛虎硬爬山が九遥山に炸裂する。朽ち果てた龍華の洞府、人間界と仙界の狭間を舞台に壊れた欠陥宝貝728個を身にまとった和穂仙人対五万の仙人軍団との超スペクタクルバトルが展開する!!
以上ネタバレ。

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投稿時間 15:05 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
2008.08.31 

R・D・ウィングフィールド「フロスト気質(かたぎ)」上・下巻


「これだけは言っとくけど、相手の子はみんなちゃんと十六歳以上だからね」
「それじゃ、何かい――――あんたの坊やたちは片手にちんぽこを、もう片方の手に出生証明書を握り締めてここを訊ねてくるのかい?」とフロストは尋ねた。(上巻P215より)


前作から実に7年振り、まさか、まさかのフロスト新作。下卑たジョークと吐き気をもよおす死体語りがトレードマークのベテラン警部ジャック・フロストが上司につつかれ、部下にナメられ、犯人を取り逃がしながらも事件解決に奮闘する。
現代のイギリス、地方都市デントン。ハロウィーンの祭りで人々が盛り上がる中、デントン警察署は混乱の極みにあった。殺人事件が起こったというのに捜査を統括する高位の捜査官が一人も捕まらないのだ。切らした煙草を失敬しようとふと署に立ち寄った休暇中のフロスト警部は、否応なく現場の指揮を押し付けられてしまう。
本屋で見つけた瞬間、声が出ちゃった位に私にとっては待ちに待った最新作ですが、本作は英国で出版されてから既に13年の時を経ており、続巻を待ってる間に原作者のウィングフィールドも亡くなってしまいました。合掌。というわけでラスト二つ前(未翻訳作があと二つ)のフロスト。上下巻合わせて約900ページ、価格2300円とナカミも値段も頼もしい一作。一冊1000円以上する文庫本なんて川上稔か京極夏彦くらいだと思ってたけど最近はフツーなのかな。
さて戦慄の猟奇殺人も起こらないし、カリスマ的な犯罪者も出て来ない。事件を本格的に推理させてくれるでもなく、話の展開も特にスカッとする事もないフロストシリーズ。人手が足らないのに事件ばかり増えるわ、上司は責任を押し付けてくるわ、気まずい同僚と組まされるわ、手柄はそいつに全部持っていかれるわ、ガサ入れは毎度不発で推理は全部外れるわで楽しい事など一つもありません。そういう何もかも上手くいかない時に、クサらず人に当たらず、タフで下劣なジョークをお供に出来る事をこなしていくフロスト警部の頼もしさといったら。そして要所の細かな気配りと、必要時には罪を見逃す鷹揚さがいつか幸運を運んで来る・・・そんな渋い味わいの作品です。
本作も普通に面白いですが、シリーズ二作目の「フロスト日和」が展開といいまとまり具合といい、間違いなく最高傑作だと思うので未読の方は是非そちらから。
投稿時間 14:24 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
2008.03.23 

佐藤多佳子「しゃべれども しゃべれども」


「俺は面と向かってなら、誰にでも、どんな悪口でも言える。ピストルを持ったヤクザにでも、偉い政治家にでも言える。フロントにでも監督にでもスター選手にでも言える。でも、知ったかぶりを決め込んで、顔の見えない大勢の聞き手に向かって、選手の陰口をきくような真似はできない」(P209より)

駆け出しの落語家が始めた「話し方教室」に集う人々の交流を描く。ラジオドラマ化や漫画化もされ、2007年にはTOKIOの国分太一主演で映画化。
「俺」は落語家の今昔亭三つ葉。前座よりちょい上の二つ目という位置にいる。ひょんな事から、ガキの頃の吃音がぶり返して困り果てた従兄弟に頼まれて『話し方教室』なんぞをやる羽目になってしまった。しかし話し方を教えるといっても、俺が教えられるのは落語しか無いのだが・・・。
久々にいいものを読んだ満足感で一杯なのですよ。素晴らしい。全年齢向けで笑えて泣けて展開も面白い小説なんてそうそう出会えるものじゃないわけで。ここ数年で読んだ本の中では間違いなくベスト。何度繰り返し読んでも面白い。どこか一癖ある登場人物同士の掛け合いが最高です。
TBSの「タイガー&ドラゴン」、NHK大阪の「ちりとてちん」とここのところ落語界を舞台にした傑作ドラマが多くて嬉しい昨今ですが、この小説もかなり上手に落語を物語に取り込んで成功しています。前述のドラマ2作と同じく落語の復興に向けた啓蒙活動的な一面も見せつつ『ジャズも落語も一緒だ。昔の名人を聴けばいい。もう終わった時代のものだから』と登場人物に辛辣なセリフを吐かせたりと一筋縄ではいきません。テーマ自体は今時の作品らしく森田療法的な方向へ収束していきますが、小三文一門会とラストのまんじゅうこわい東西対決の緊迫感は只事ではありません。熱くて手に汗握るよ。
阪神フリークのひねくれ坊主、村林優がいいキャラ過ぎて見せ場も多いので湯河原と良の結末がキチッと描ききれていないのが残念といえば残念。まぁ、これで湯河原と良にまで見せ場を作ったら(湯河原が野球解説で一発ブチかますとか)収集つかなくなりそうですが。
ろくごまるにも封仙終わらせたらこういう作品書いてくれないかなぁ。無理かなぁ。
投稿時間 17:12 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
2007.09.02 

A.A.ミルン「クマのプーさん」「プー横丁にたった家」


「きみは、ちっとも勇気がないんだな。」
「でも、とっても小さい動物になってみたまえ。」コブタは、かるく鼻をすすりながら、いいました。「いさましくなろうったって、むずかしいから。」
(「クマのプーさん」P143より)


詩人で劇作家のA.A.ミルンが息子の遊んでいるぬいぐるみをモチーフに描いた童話集。1926年にイギリスで出版され大きな話題を呼んだ。
ある日、小さな息子クリストファー・ロビンにせがまれて作家のミルンは、クリストファー大のお気に入りのテディ・ベア「プーのウィニー」を主人公にしたおとぎ話を話し始める。"むかしむかし、ある森の中に一匹のクマが住んでいました・・・"
甥がプーさんを大好きなのでディズニーの絵本をよく読んでやるのですが、読んでいると時折プーさんに出てくるどうぶつ達はどうもぬいぐるみらしい・・・そう思わせる描写が頻繁に出てくることに気が付きました。よく見るとみんな体に縫い目があるし。もしそこがぬいぐるみの世界だとして、一人だけ人間の子供であるクリストファー・ロビンはどうしてそこにいるのか?家族は?もしかしてクリストファー自体が人間のぬいぐるみなのか?この世界の成り立ちは?いろいろ疑問が湧いて来たので少し調べてみると、行き着いたのがこの原作本2冊でした。今から80年ほど前に書かれたイギリスの童話だったんですね。自分にとっては「プーさん」がディズニー生まれじゃないというだけで結構驚きです。Wikiによるとプーさんはディズニーキャラクターの中でも超人気キャラなので、作品の権利関係は過去にすったもんだあったようですね。
で、その中身はというと非常に面白い。読ませます。単純に絵本から対象年齢が上がったので文章に深みが増したことに加えて、丁寧に語られる世界の描写とその美しさが素晴らしいです。子供の遊んでいるぬいぐるみの物語を親が想像し、語って聞かせてやる豊かさ、そして子供の中の曖昧なファンタジーと現実とをハッキリ線を引くのではなく、優しく寄り添いながら付き合ってあげる暖かさを感じます。子供が望むおとぎ話を父親が作るというのがなかなかにロマンチック。「クマのプーさん」は眠れずに2階の部屋から降りてきた息子に読み聞かせる物語として描かれていますが、「プー横丁にたった家」では新たな登場人物、新たな物語を語りつつも、成長したクリストファー・ロビンのプーさんとのお別れが描かれます。そのちょっぴり切ないラストに涙腺が緩むのです。泣けちゃうんです。この辺はいい年した大人じゃないと泣けないのがまた面白いところ。クリストファーの成長と共に物語は終わるけども、プーさんたちはクリストファーの心の奥に大事な思い出として仕舞われるのでしょう。大きくなった子供の心がファンタジーに埋没することを由としない原作者ミルンの親としての信念は、「プー横丁にたった家」のまえがきなどに表れています。よく言われる「子供にしか見えないもの」というのは多分そういう事なんじゃないかと思います。
また、ディズニー版との違いを比べてみるのも一興。ディズニー版プーさんでは添え物っぽいクリストファー・ロビンですが、原作では頼りになる森の代表者のような存在として描かれています。何たってもともとクリストファー・ロビンの為の物語ですしね。一方ディズニー版の絵本には表紙にクリストファーはいませんし、プーさん他どうぶつたちの可愛さが前面に押し出されているのが分かります。まぁキャラクタービジネスと童話の違いということでしょうか。作中のプーさんの言葉を借りるならば「もう、いやんなっちゃう!」という感じです。
投稿時間 23:50 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
2007.07.22 

神林長平「敵は海賊・正義の眼」


<わかっています。被照準、ガルーダです。マイクロΩバースト、来ます>
「バリアだ」とラテル。「フルパワーをバリアに回せ」
「逃げよう」とセレスタン。「回収してくれ」
「叩き落せ」とアプロ。「昼飯にしようぜ」(P252より)


「戦闘妖精・雪風」の神林長平による人気シリーズ7作目。広域宇宙警察・海賊課の一級刑事ラテルと黒猫型異星人アプロのコンビが大海賊ヨウメイを追って太陽系を駆け巡る。シリーズ2作目「猫たちの饗宴」が89年に衛星テレビでアニメ化。
Ωドライブによるワープで外銀河まで人類が進出した世界。宇宙をまたにかける犯罪者集団は俗に「海賊」と呼ばれ恐れられていた。土星の衛星タイタンで自然保護活動のリーダーをしているゲラン・モーチャイの元にヨーム・ツザキと名乗る男がやって来る。自分の組織がモーチャイの行っている活動によって莫大な損害を被っていると語るヨームは、モーチャイにお互いの問題を解決する方法を提案しに来たと言うが・・・。
もう10年経つのかー。大好きな「敵は海賊」シリーズ、久し振りの続編。自分はアニメ版「敵は海賊 猫たちの饗宴」からのファンなので、読んでいる最中はアニメ版のキャラを頭の中でイメージしてたりします。アニメ版は後藤隆幸のキャラクターデザインと声優陣、特にアプロ=三ツ矢雄二のキャスティングが秀逸で、バカバカしくコメディ色の強い展開が「ウラシマン」「タイムボカン」等の往年のタツノコプロのドタバタSFものを思わせる良作でした。小説版を読んでみると他のエピソードはそれなりにシリアスで驚いた覚えがあります。
今シリーズの見所はやはりラテル、アプロ、ラジェンドラ三バカトリオの掛け合い漫才と、無敵の黒猫アプロに恐れおののく海賊たちの悲哀でしょう。カワイイ外見をしてる癖に残忍で悪食なアプロ、課で一、二を争う腕利きだが相棒に振り回されるラテル、最新鋭の戦闘艦ながらAIのプライドが高く神経質で自己中なラジェンドラ。全く似通った所の無い凸凹三人組のやり取りはいつ読んでも楽しい。ラテルの家族を皆殺しにした血も涙も無い犯罪者集団「海賊」が、黒猫一匹にビビリまくる姿も滑稽で笑いを誘います。海賊は誰もが何かしらアプロに酷い目に会わされていて、そのエピソードが要所で披露されるのも楽しみの一つ。凶悪な海賊達を取り締まる為、海賊以上の権限を持たされた海賊課の傍若無人さが海賊以上に世間で忌み嫌われていることも、シリーズ全編を通しての可笑しみになっています。ほとんどのエピソードは海賊課vs海賊のSFアクションというより、大海賊ヨウメイを中心に起きた奇妙な騒動を軸にしてヨウメイとラテルチームが争う、というストーリー展開。平行世界からタイムスリップまでSF作品ではお約束ともいえるネタが突拍子も無く繰り広げられます。以下ネタバレ。
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投稿時間 22:46 | 小説 | コメント(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
2007.04.28 

王領寺静「異次元騎士カズマ」


「で、オレは、教えてやった。その男の口をふさげばいいと。人間の口をふさぐ方法は、3つある。買収するか、そいつの秘密をにぎって逆に脅すか、それともいっそ殺しちまうかだと」実にオリビエらしい見事なまでに不道徳なそのアドバイスに、オレは、少し青ざめながら聞いた。
「それで?」(剣奴王ウォ-ズ2巻P53より)


80年代後期、少女向け恋愛小説レーベルの集英社コバルト文庫で人気作家だった藤本ひとみが"王領寺静"という別ペンネームで角川文庫に書いた少年向けライトノベル。熱血サッカー青年カズマが歴史をまたにかけて大暴れ。手に汗握るアクションファンタジー。「黄金拍車」「骸骨旗トラベル」「剣奴王ウォーズ」と3シリーズ合わせて10巻が刊行されたが未完。
高校2年生の桜木和馬は校舎の非常階段で女子に告白されている最中、突如異世界へ飛ばされてしまう。気が付くとそこは中世ヨーロッパらしきフロリン王国。カズマは元の世界に戻るため、怪しい魔術師ミザールに命じられるまま騎士見習いとしてブルゴーニュ家へ潜り込む。
まだ"ライトノベル"と呼ばれるジャンルもない時代に生まれ落ちたジュブナイルの大傑作。ウルヴァリンのような驚異的な回復能力と黄金の右足で、フランス貴族からローマ剣闘士まで蹴って蹴って蹴りまくる!瀕死状態で四面楚歌、絶対絶命のピンチを「痛ぇよっ!」のセリフ一つで凌ぎ切るカズマはマジ漢。何度読み返したか分からない思春期のバイブル的存在であります。
あくまで少年向けファンタジーとして描かれつつも、徹底した時代考証と細かい描写のリアリズムでその時代を知る楽しさを教えてくれるなかなか稀有な作品でした。読んでいるうちに欠片も興味の無かった世界史に少し興味が出てきたり。そういう意味では小説の帝都物語に近い立ち位置でしょうか。史実を絡めながらも展開ではムチャをする、というような。架空の主人公が歴史の立役者となっていく展開に当時の自分はシビれました。加えて視点が一人称で描かれているのもより没入感を増していて、まるで歴史に立ち会っているかの様な感覚すら覚えたものです。
やっぱり1から架空の世界観を構築するなどというのは、一部の変態作家しか成し得ないとんでもない行為なわけで、よく調べもせずに"なんちゃって中世ワールド"になるよりは、こういう形のファンタジーの方が断然説得力が増します。執拗なまでの武器、服装、町並み、食べ物、性生活、身分制度のウンチクがステキ過ぎます。
サーラの冒険が完結し、封仙娘娘追宝録も続刊が出た昨今の奇跡的なライトノベル界隈。この異次元騎士カズマが完結さえしてくれれば、心残り無くラノベ卒業出来るんですが・・・藤本ひとみセンセがライトノベル作家を卒業してしまった今となっては二度と続きが描かれる事は無いのでしょう。だから私も死ぬまでライトノベルから卒業できないのです、きっと。剣奴王ウォーズ2巻ラストの鬼の引きから早15年。今宵もロゥマ軍団数千を相手にカズマがどう戦うのか、熱く妄想しながら寝床に就くのです。続き読みたい。


投稿時間 00:22 | 小説 | コメント(17) | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
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