2008.03.23
佐藤多佳子「しゃべれども しゃべれども」

「俺は面と向かってなら、誰にでも、どんな悪口でも言える。ピストルを持ったヤクザにでも、偉い政治家にでも言える。フロントにでも監督にでもスター選手にでも言える。でも、知ったかぶりを決め込んで、顔の見えない大勢の聞き手に向かって、選手の陰口をきくような真似はできない」(P209より)
駆け出しの落語家が始めた「話し方教室」に集う人々の交流を描く。ラジオドラマ化や漫画化もされ、2007年にはTOKIOの国分太一主演で映画化。
「俺」は落語家の今昔亭三つ葉。前座よりちょい上の二つ目という位置にいる。ひょんな事から、ガキの頃の吃音がぶり返して困り果てた従兄弟に頼まれて『話し方教室』なんぞをやる羽目になってしまった。しかし話し方を教えるといっても、俺が教えられるのは落語しか無いのだが・・・。
久々にいいものを読んだ満足感で一杯なのですよ。素晴らしい。全年齢向けで笑えて泣けて展開も面白い小説なんてそうそう出会えるものじゃないわけで。ここ数年で読んだ本の中では間違いなくベスト。何度繰り返し読んでも面白い。どこか一癖ある登場人物同士の掛け合いが最高です。
TBSの「タイガー&ドラゴン」、NHK大阪の「ちりとてちん」とここのところ落語界を舞台にした傑作ドラマが多くて嬉しい昨今ですが、この小説もかなり上手に落語を物語に取り込んで成功しています。前述のドラマ2作と同じく落語の復興に向けた啓蒙活動的な一面も見せつつ『ジャズも落語も一緒だ。昔の名人を聴けばいい。もう終わった時代のものだから』と登場人物に辛辣なセリフを吐かせたりと一筋縄ではいきません。テーマ自体は今時の作品らしく森田療法的な方向へ収束していきますが、小三文一門会とラストのまんじゅうこわい東西対決の緊迫感は只事ではありません。熱くて手に汗握るよ。
阪神フリークのひねくれ坊主、村林優がいいキャラ過ぎて見せ場も多いので湯河原と良の結末がキチッと描ききれていないのが残念といえば残念。まぁ、これで湯河原と良にまで見せ場を作ったら(湯河原が野球解説で一発ブチかますとか)収集つかなくなりそうですが。
ろくごまるにも封仙終わらせたらこういう作品書いてくれないかなぁ。無理かなぁ。
2007.09.02
A.A.ミルン「クマのプーさん」「プー横丁にたった家」

「きみは、ちっとも勇気がないんだな。」
「でも、とっても小さい動物になってみたまえ。」コブタは、かるく鼻をすすりながら、いいました。「いさましくなろうったって、むずかしいから。」
(「クマのプーさん」P143より)
詩人で劇作家のA.A.ミルンが息子の遊んでいるぬいぐるみをモチーフに描いた童話集。1926年にイギリスで出版され大きな話題を呼んだ。
ある日、小さな息子クリストファー・ロビンにせがまれて作家のミルンは、クリストファー大のお気に入りのテディ・ベア「プーのウィニー」を主人公にしたおとぎ話を話し始める。"むかしむかし、ある森の中に一匹のクマが住んでいました・・・"
甥がプーさんを大好きなのでディズニーの絵本をよく読んでやるのですが、読んでいると時折プーさんに出てくるどうぶつ達はどうもぬいぐるみらしい・・・そう思わせる描写が頻繁に出てくることに気が付きました。よく見るとみんな体に縫い目があるし。もしそこがぬいぐるみの世界だとして、一人だけ人間の子供であるクリストファー・ロビンはどうしてそこにいるのか?家族は?もしかしてクリストファー自体が人間のぬいぐるみなのか?この世界の成り立ちは?いろいろ疑問が湧いて来たので少し調べてみると、行き着いたのがこの原作本2冊でした。今から80年ほど前に書かれたイギリスの童話だったんですね。自分にとっては「プーさん」がディズニー生まれじゃないというだけで結構驚きです。Wikiによるとプーさんはディズニーキャラクターの中でも超人気キャラなので、作品の権利関係は過去にすったもんだあったようですね。
で、その中身はというと非常に面白い。読ませます。単純に絵本から対象年齢が上がったので文章に深みが増したことに加えて、丁寧に語られる世界の描写とその美しさが素晴らしいです。子供の遊んでいるぬいぐるみの物語を親が想像し、語って聞かせてやる豊かさ、そして子供の中の曖昧なファンタジーと現実とをハッキリ線を引くのではなく、優しく寄り添いながら付き合ってあげる暖かさを感じます。子供が望むおとぎ話を父親が作るというのがなかなかにロマンチック。「クマのプーさん」は眠れずに2階の部屋から降りてきた息子に読み聞かせる物語として描かれていますが、「プー横丁にたった家」では新たな登場人物、新たな物語を語りつつも、成長したクリストファー・ロビンのプーさんとのお別れが描かれます。そのちょっぴり切ないラストに涙腺が緩むのです。泣けちゃうんです。この辺はいい年した大人じゃないと泣けないのがまた面白いところ。クリストファーの成長と共に物語は終わるけども、プーさんたちはクリストファーの心の奥に大事な思い出として仕舞われるのでしょう。大きくなった子供の心がファンタジーに埋没することを由としない原作者ミルンの親としての信念は、「プー横丁にたった家」のまえがきなどに表れています。よく言われる「子供にしか見えないもの」というのは多分そういう事なんじゃないかと思います。
また、ディズニー版との違いを比べてみるのも一興。ディズニー版プーさんでは添え物っぽいクリストファー・ロビンですが、原作では頼りになる森の代表者のような存在として描かれています。何たってもともとクリストファー・ロビンの為の物語ですしね。一方ディズニー版の絵本には表紙にクリストファーはいませんし、プーさん他どうぶつたちの可愛さが前面に押し出されているのが分かります。まぁキャラクタービジネスと童話の違いということでしょうか。作中のプーさんの言葉を借りるならば「もう、いやんなっちゃう!」という感じです。
2007.07.22
神林長平「敵は海賊・正義の眼」

<わかっています。被照準、ガルーダです。マイクロΩバースト、来ます>
「バリアだ」とラテル。「フルパワーをバリアに回せ」
「逃げよう」とセレスタン。「回収してくれ」
「叩き落せ」とアプロ。「昼飯にしようぜ」(P252より)
「戦闘妖精・雪風」の神林長平による人気シリーズ7作目。広域宇宙警察・海賊課の一級刑事ラテルと黒猫型異星人アプロのコンビが大海賊ヨウメイを追って太陽系を駆け巡る。シリーズ2作目「猫たちの饗宴」が89年に衛星テレビでアニメ化。
Ωドライブによるワープで外銀河まで人類が進出した世界。宇宙をまたにかける犯罪者集団は俗に「海賊」と呼ばれ恐れられていた。土星の衛星タイタンで自然保護活動のリーダーをしているゲラン・モーチャイの元にヨーム・ツザキと名乗る男がやって来る。自分の組織がモーチャイの行っている活動によって莫大な損害を被っていると語るヨームは、モーチャイにお互いの問題を解決する方法を提案しに来たと言うが・・・。
もう10年経つのかー。大好きな「敵は海賊」シリーズ、久し振りの続編。自分はアニメ版「敵は海賊 猫たちの饗宴」からのファンなので、読んでいる最中はアニメ版のキャラを頭の中でイメージしてたりします。アニメ版は後藤隆幸のキャラクターデザインと声優陣、特にアプロ=三ツ矢雄二のキャスティングが秀逸で、バカバカしくコメディ色の強い展開が「ウラシマン」「タイムボカン」等の往年のタツノコプロのドタバタSFものを思わせる良作でした。小説版を読んでみると他のエピソードはそれなりにシリアスで驚いた覚えがあります。
今シリーズの見所はやはりラテル、アプロ、ラジェンドラ三バカトリオの掛け合い漫才と、無敵の黒猫アプロに恐れおののく海賊たちの悲哀でしょう。カワイイ外見をしてる癖に残忍で悪食なアプロ、課で一、二を争う腕利きだが相棒に振り回されるラテル、最新鋭の戦闘艦ながらAIのプライドが高く神経質で自己中なラジェンドラ。全く似通った所の無い凸凹三人組のやり取りはいつ読んでも楽しい。ラテルの家族を皆殺しにした血も涙も無い犯罪者集団「海賊」が、黒猫一匹にビビリまくる姿も滑稽で笑いを誘います。海賊は誰もが何かしらアプロに酷い目に会わされていて、そのエピソードが要所で披露されるのも楽しみの一つ。凶悪な海賊達を取り締まる為、海賊以上の権限を持たされた海賊課の傍若無人さが海賊以上に世間で忌み嫌われていることも、シリーズ全編を通しての可笑しみになっています。ほとんどのエピソードは海賊課vs海賊のSFアクションというより、大海賊ヨウメイを中心に起きた奇妙な騒動を軸にしてヨウメイとラテルチームが争う、というストーリー展開。平行世界からタイムスリップまでSF作品ではお約束ともいえるネタが突拍子も無く繰り広げられます。以下ネタバレ。
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2007.04.28
王領寺静「異次元騎士カズマ」

「で、オレは、教えてやった。その男の口をふさげばいいと。人間の口をふさぐ方法は、3つある。買収するか、そいつの秘密をにぎって逆に脅すか、それともいっそ殺しちまうかだと」実にオリビエらしい見事なまでに不道徳なそのアドバイスに、オレは、少し青ざめながら聞いた。
「それで?」(剣奴王ウォ−ズ2巻P53より)
80年代後期、集英社コバルト文庫で人気作家だった藤本ひとみが"王領寺静"という別ペンネームで角川文庫に書いた少年向けライトノベル。熱血サッカー青年カズマが歴史をまたにかけて大暴れ。手に汗握るアクションファンタジー。「黄金拍車」「骸骨旗トラベル」「剣奴王ウォーズ」と3シリーズ合わせて10巻が刊行されたが未完。
高校2年生の桜木和馬は校舎の非常階段で女子にコクられている最中、突如異世界へ飛ばされてしまう。気が付くとそこは中世ヨーロッパらしきフロリン王国。カズマは元の世界に戻るため、怪しい魔術師ミザールに命じられるまま騎士見習いとしてブルゴーニュ家へ潜り込む。
まだ"ライトノベル"と呼ばれるジャンルもない時代に生まれ落ちたジュブナイルの大傑作。ウルヴァリンのような驚異的な回復能力と黄金の右足で、フランス貴族からローマ剣闘士まで蹴って蹴って蹴りまくる!瀕死状態で四面楚歌、絶対絶命のピンチを「痛ぇよっ!」のセリフ一つで凌ぎ切るカズマはマジ漢。何度読み返したか分からない思春期のバイブル的存在であります。
あくまで少年向けファンタジーとして描かれつつも、徹底した時代考証と細かい描写のリアリズムでその時代を知る楽しさを教えてくれるなかなか稀有な作品でした。読んでいるうちに欠片も興味の無かった世界史に少し興味が出てきたり。そういう意味では小説の帝都物語に近い立ち位置でしょうか。史実を絡めながらも展開ではムチャをする、というような。架空の主人公が歴史の立役者となっていく展開に当時の自分はシビれました。加えて視点が一人称で描かれているのもより没入感を増していて、まるで歴史に立ち会っているかの様な感覚すら覚えたものです。
やっぱり1から架空の世界観を構築するなどというのは、一部の変態作家しか成し得ないとんでもない行為なわけで、よく調べもせずに"なんちゃって中世ワールド"になるよりは、こういう形のファンタジーの方が断然説得力が増します。執拗なまでの武器、服装、町並み、食べ物、性生活、身分制度のウンチクがステキ過ぎます。
サーラの冒険が完結し、封仙娘娘追宝録も続刊が出た昨今の奇跡的なライトノベル界隈。この異次元騎士カズマが完結さえしてくれれば、心残り無くラノベ卒業出来るんですが・・・藤本ひとみセンセがライトノベル作家を卒業してしまった今となっては二度と続きが描かれる事は無いのでしょう。だから私も死ぬまでライトノベルから卒業できないのです、きっと。剣奴王ウォーズ2巻ラストの鬼の引きから早15年。今宵もロゥマ軍団数千を相手にカズマがどう戦うのか、熱く妄想しながら寝床に就くのです。続き読みたい。
2007.01.10
支倉凍砂「狼と香辛料」III

「愛は金で買えないと詩人は言い、金より大切なものがこの世には存在すると説教師が言う。ならば、金を稼ぐことすらこんなにも苦労するというのに、どうしてそれよりも大切なものがわれわれの手の中に入るのだろうか」(P269-270より)
第12回電撃小説大賞、銀賞受賞作の三作目。行商人ロレンスと狼神ホロの二人旅を描く。
中世のヨーロッパ。齢25の若き行商人クラフト・ロレンスは町から町への旅暮らし。ある日、ロレンスは荷馬車に怪しい女が乗り込んでいる事に気付く。彼女は名をホロといい、自分は豊穣の神で狼の化身だと主張する。一人旅にどこか孤独を感じていたロレンスは、故郷へ帰りたいというホロの願いを聞き入れ共に旅することとなる。
ガッチリ書き込まれた描写と含みを持たせた台詞のやりとり、そして300ページを越える確かな満足。パロディまみれのハーレム系ラノべに飽き飽きした人に送る久々の力作ファンタジー。獣娘スキーの友人に薦められて1,2巻と楽しく読んできましたが、この3巻でグッと来ました。この一冊に出会う為に「狼と香辛料」を読んできた感じがします。
本作の世界観はファンタジーですが、お金の単位と国名を除けば独自のファンタジーガジェットは出て来ません。悪の帝国もドラゴンも、人を襲うモンスターすら出現しません。本作で描かれるのは剣と魔法の戦いではなく商売。不安定な政局の中、したたかに栄える商業組合の力関係の中で、物々交換と金銀銅貨の行方を巡って争う商人たち。リスクとリターンを天秤にかけ、駆け出し行商人ロレンスが相棒ホロと共に世知辛い世の中を渡っていきます。活劇が控えめな分、人同士の交流は濃密。商売を有利に進める為にコネを使い、力関係を見極め、相手の表情を読み、時にはハッタリをかましと手に汗握る交渉が全編にわたって楽しめます。
恩歳100歳、一人称「わっち」。「くりゃれ」「ありんす」など遊女言葉を使う犬耳娘ホロの可愛さが巷では大人気ですが、私は立ち寄った街でロレンスを迎える父親の様な商売人たちの渋さがお気に入り。時には優しく、時には厳しくロレンスを諭す百戦錬磨の男達のコトバにはひどく惹かれるものがあります。『俺とお前は親しいがそれとこれとは話が別だ』的なオヤジにシビれる。
さて3巻。1,2巻と続けて土壇場でホロに助けられてきたロレンスですが、今回対峙するのはそのホロ本人と間男。男の意地と誇りを賭けてロレンスは昨日までの相棒に戦いを挑みます。クライマックスの展開は見事の一言。楽しめます。
2006.04.20
メアリー・ウィリス・ウォーカー「神の名のもとに」

言うまでもなく、キリスト教もかっては地域的なカルトであり、既存の教会指導者や政府から脅威的な集団とみなされた。過激で、反体制的であり、暴力的な要素を含んでいると見られたのである。そして、それが正しかったことは歴史が証明している。(P225より)
事件記者モリー・ケイツシリーズの二作目。カルト教団に拉致監禁された子供たちと一人のバス運転手の運命が描かれます。
1995年アメリカ、テキサス州。聖書の黙示録を教典とするカルト教団、「ジェズリールの家」率いる武装集団に小学生17人を乗せたスクールバスがハイジャックされる。地元警察やFBIが解放を目指し必死に説得、交渉を試みるが解決の糸口も見付からないまま数週間が経過する。女性記者モリー・ケイツは以前教祖サミュエル・モーディカイにインタビューした過去を買われ、事件の取材を任される。
原題は「Under the beetle's cellar(カブトムシの穴倉の下)」。発売年度のハメット賞、アンソニー賞、マカヴィティ賞受賞。2005年春から「宮部みゆきが大絶賛」のオビが付属。
今までに読んだ海外クライムサスペンス小説の中でも、最も心を揺さぶられた作品。比較する対象が存在しない程の仏契りNo.1ノベルです。今でも時々読み返してはクライマックスでボロボロ泣いています。初めて読み終えた時はひどく顔が熱くなって、涙が止まりませんでした。メアリー・W・ウォーカーの著作はこれを含めて4冊翻訳されていますが(全て既読)、本作が間違いなく最高傑作でしょう。この作品だけえらくレベルが違う感じです。
本作は終末思想的なカルト教団の恐ろしさもさることながら、監禁された子供たちが絶望の中で見せる勇気、そしてバスの運転手ウォルターの語る作り話が非常に心に迫ります。子供達を安心させ、慰める為にウォルターが仕方なく始めたヒメコンドルのジャクソンビルの物語は、ウォルターの過去と現在を綯い交ぜにしながら進んでいきます。絶望、後悔、悔恨、渇望、そして希望。教祖モーディカイの唱える終末を前に、ジャクソンビルの物語も終わりを告げます。二つの物語の結末は・・・。強い余韻を残すラストはどんな形であれきっと読者の心に残るはず。
ずっとこの「神の名のもとに」のちゃんとした記事が書きたかったので、願いが叶いました。この作品が持つ魅力をネタバレせずに上手く文章にしたかったんですが・・・そちらの方は全然ダメでした。断定口調での作品分析や書評は勉強不足の自分にはまだ書けないようです。それはまた、いずれ。少しでも興味を持たれた方は是非読んで貰いたい。その際は当記事のコメント欄に一行でも感想を頂けたらと思います。
2006.03.31
賀東招二「フルメタル・パニック! 燃えるワン・マン・フォース」

「何がいけないんだ?」
宗介は言った。皮肉でも反論でもなく、純粋な疑問としてそうたずねた。
現にそうなったではないか。
自分が立っているのも。こうして貴様が倒れているのも。(P280より)
富士見ファンタジア文庫の超人気作の本編8巻め。コミック、テレビアニメなど多くのメディアミックスが行われ、最近では巨大ロボアニメの祭典スーパーロボット大戦にも参戦。
対テロリストや地域紛争の火消し役、傭兵部隊ミスリル。そこに所属するアームスレイブ(二足歩行の人型ロボット)パイロット相良宗介軍曹は日本人である事を買われ、ある高校生の少女を護衛する為に日本の高校へと潜入する。しかし中東の傭兵上がりの宗介は平和な日本の学生生活に馴染めず今日も護衛対象の少女、千鳥かなめとすったもんだのドタバタを演じるのだった。
富野アニメのようなロボット同士の戦いが中心の作品だと思われがちですが、メインは宗介とかなめのラブストーリー及び宗介の肉弾戦で、ロボは最後にキメるだけです。戦隊シリーズの合体ロボを想像してもらうと分かりやすいかも。超科学の知識を宿した『ウィスパード』と呼ばれる少女達を巡って謎の軍事組織同士が火花を散らします。
世間ズレしたファンシーな宗介の行動、テッサ・マオ・かなめの魅力的な女性陣、渋い脇役マデューカス中尉&カリーニン少佐、宗介×ガウルンの宿命の対決、マオチームの戦友の堅い絆、かなめのピンチでも折れない心、どうしようもない窮地からの大逆転劇のカタルシス、毎巻しっかり読ませてくれるページ数、とファンタジア文庫の中でも屈指のクオリティを誇るエンタテイメント作品。ワンマンアーミー宗介の学生生活のドタバタを抽出した外伝も既に8冊を数え大人気ですが、個人的には長編に勝るものではありません(ボン太君は可愛いけど)。長編はコミカルな出だし>宗介とかなめすれ違い>敵の奇襲により窮地へ>宗介絶体絶命>かなめが起死回生の一撃>大逆転>宗介とかなめイイ雰囲気、という一連の流れが最高に心地良いです。全体的に展開のメリハリの良さは特筆もの。
さて本巻。前巻で楽しかった学園生活は終わりを告げ、ミスリルは壊滅、かなめは囚われの身といきなりの急展開。宗介は東南アジアで宿敵クラマとケリをつけます。前巻でクラスメートが爆弾を体に巻かれたりとチェチェンのロシア学校襲撃事件ばりに血生臭くなっていっていますが、今回も普段の「フルメタ」では助かる人間が死んだりして悲しい展開。逆転劇はまだ始まりません。フィオナを捜し求めるキリコのような宗介の慟哭が悲しい。
本巻ではクラマのイラストがまんま「闇のイージス」の殺し屋ゼロだったりとか、「フルメタ」全体に七月鏡一作品の影響を強く感じます。宗介の『学園に紛れ込んだ傭兵バカ』という設定も「ジーザス」そのままですし。
2006.03.15
神野オキナ「あそびにいくヨ!」1〜7巻

「世の中には三つのやり方があるそうです。つまり、『正しいやり方、お前のやり方、そしてオレのやり方』・・・・・・・・・・・・中でも一番大事なのは『オレのやり方』だそうで」(4巻P151より)
獣娘が大好物の友人からの借り物。メディアファクトリー文庫の人気作。
沖縄に住む高校生、嘉和騎央は夏休みのある日親族の集まりに顔を出し、そこで珍妙な格好をした白人女性に出会う。猫耳尻尾付きでピチピチのボディースーツに身を包んだ彼女は、自分は宇宙人で調査のついでに遊びに来たと言う。エリスと名乗る彼女は嘉和一族の大ババさまに気に入られ、騎央の家にしばらく宿泊する事になるのだった。
タイトルや副題の脱力具合からあまり期待していませんでしたが、なかなか面白かったです。文章も読ませますしセリフも面白い。宇宙船、宇宙人、美少女、巨大ロボ、米軍基地、秘密結社、映画製作・・・好きなカルチャーを手当たり次第に詰め込んだこの偉容。世界観や設定、展開などその他もろもろ(「妖精作戦」「ARIEL」辺りの)笹本祐一作品の直系と言えるでしょう。5巻あとがきでも『うる星やつらのビューティフル・ドリーマーが大好き』と書いておられるので笹本&神野両氏のメンタリティは非常に近いと思われます。誰もが"終わらない学園祭前夜"を一度は描きたくなるもんなんですね。アオイ×騎央×エリスの三角関係とかの淡い恋愛は笹本作品には無いものですけど。
よくある宇宙人ものから秘密結社との対決、ロケット打ち上げから軌道上での戦闘など徐々にSF色が強くなっていくのがいい感じ。少しずつではありますが騎央君もたくましくなったりして、少年の成長物語としても読めます。でもメインはやっぱりアオイ×騎央×エリスの二等辺三角関係。過酷な半生を送ってきたアオイの冷えた心が、恋敵であるはずのエリスによって次第に暖まっていく過程がグッと来ます。他、著者の映画やオタカルチャーに対する思い入れが作品のあちこちに見られ、ネタが分かる人には数倍楽しめるかもしれません。本作ではちょっとやり過ぎな位ですがこれはラノベ全般に見られる傾向ですし、パロディとしてのアイデンティティなのかも。個人的にはキャーティア人が猫耳以外に人の耳(副耳)を持ってる事と、アシストロイドのマットレイ(チキチキマシン猛レースのケンケン)がそのまま過ぎるのは許せない感じです。
著者の神野オキナという方は自作品のクロスオーバーが大変好きな方らしく、本作でも重要人物として他作品の主人公が登場します。そこら辺の説明があまりされないので、時折読者(私)を置いてけぼり食らわせたり。しかも出版社が違う作品からクロスオーバーしてくるので困ったもんです。
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